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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)15339号 判決

原告

株式会社協和

右代表者代表取締役

但野勲

右訴訟代理人弁護士

小山三代治

昭和五六年(ワ)第一五三三九号事件原告補助参加人

田無市農業協同組合

右代表者理事

岡部由松

右訴訟代理人弁護士

播磨源二

大久保誠太郎

同事件原告補助参加人

福仙商事有限会社

右代表者代表取締役

国分重雄

同事件原告補助参加人

浅石大和

同事件原告補助参加人

浅石晴代

同事件原告補助参加人兼右補助参加人両名訴訟代理人弁護士

浅石紘爾

同事件被告(以下「被告」という。)

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

大島隆夫

右訴訟代理人弁護士

江口保夫

草川健

鈴木論

右訴訟復代理人弁護士

泉澤博

昭和五九年(ワ)第四〇五九号事件被告(以下「被告」という。)

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川村忠男

右訴訟代理人弁護士

谷正男

右訴訟復代理人弁護士

山脇哲子

主文

一  被告富士火災海上保険株式会社は、原告に対して、金一億二二〇四万七九三八円及びこれに対する昭和五六年一月八日から、支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告富士火災海上保険株式会社に対するその余の請求及び被告千代田火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告富士火災海上保険株式会社との間で生じたものはこれを三分し、その二を被告富士火災海上保険株式会社の、その余を原告の各負担とし、原告と被告千代田火災海上保険株式会社との間で生じたものは、原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)は原告に対して、一億八七一二万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一月八日から、支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災」という。)は、原告に対して、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年四月二〇日から、支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告富士火災及び被告千代田火災は、火災保険事業等を営むことを業とする会社である。

(被告富士火災との保険契約)

2  有限会社折茂商事(以下「折茂商事」という。)は、昭和五五年一月一五日被告富士火災との間で、自己を被保険者として左記のとおりの火災保険契約(以下「本件第一契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 契約日より一年

保険金額 六〇〇〇万円

目的物 青森県上北郡十和田町大字法量字焼山六四番地所在木造金属板葺二階建店舗等五九四平方メートル(基礎工事部分を除く。以下「本件木造建物」という。)及び右建物内の什器備品一切

(二) 保険期間 契約日より一年

保険金額 二億五〇〇〇万円

目的物 青森県上北郡十和田町大字法量字焼山六四番地所在コンクリート造り陸屋根三階建店舗一八八〇平方メートル(基礎工事部分を除く。以下「本件鉄骨建物」という。)

(被告千代田火災との保険契約)

3  折茂武蔵は、昭和五五年一〇月六日被告千代田火災との間で折茂商事を被保険者として左記のとおりの火災保険契約(以下「本件第二契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 契約日より二ケ月

保険金額 二〇〇〇万円

目的物 本件木造建物

(二) 保険期間 契約日より二ケ月

保険金額 一億円

目的物 本件鉄骨建物

4  しかるに昭和五五年一二月一日前二項記載の保険の目的物である各建物から出火があり、これらの大半が焼失するに至つた(この火災事故を以下「本件火災」という。)。

5  これによる損害は、損害率が保険金額の八五パーセントに達するから二億六三五〇万円となる。

(被告富士火災に対する債権の譲受)

6  原告は折茂商事から、昭和五五年一二月一日本件第一契約に基づく保険金請求権(以下「本件第一債権」という。)を譲り受け、昭和五六年一月七日被告富士火災に対してその請求をした。

(被告千代田火災に対する債権の譲受)

7  原告は折茂商事から、昭和五九年三月九日本件第二契約に基づく保険金請求権(以下「本件第二債権」という。)を譲り受けた。

8  よつて、原告は、各火災保険契約に基づき、被告富士火災に対して、右火災保険金の内金一億八七一二万二〇〇〇円及びこれに対する請求の翌日である昭和五六年一月八日から、支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、被告千代田火災に対して、右火災保険金の内金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五九年四月二〇日から、支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告富士火災

(一) 請求原因1、2及び4のうち出火の事実は認め、4のその余の事実は否認する。

(二) 請求原因5中本件木造建物の損害額及び保険価額につき、四九七五万三〇五〇円、本件鉄骨建物の損害額につき、一億一九三三万四九五〇円、保険価額につき、一億七五四九万三六九〇円の各限度で認め、その余は争う。

2  被告千代田火災

(一) 請求原因1、3及び4は認める。

(二) 請求原因5は否認し、7は知らない。

三  抗弁

(被告富士火災)

1(一) 折茂商事と被告富士火災は、本件第一契約の締結に際し、保険契約者、被保険者若しくは保険契約者又は被保険者の取締役若しくはその他の業務執行機関の故意又は重大な過失若しくは法令違反によつて生じた損害に対しては保険金を支払わない旨合意した(約款二条)。

(二) 本件火災は五カ所から同時に出火し、いずれも油臭が強く感じられるというものであつたから、放火によるものである。

(被告富士火災)

2 本件第一債権については、左のとおり仮差押決定または仮処分決定がなされており(第三債務者は、いずれも被告富士火災)、原告はこれを行使することができない。

イ 昭和五五年一二月一五日、決定裁判所青森地方裁判所十和田支部、債務者折茂商事、仮差押

ロ 昭和五五年一二月二九日、決定裁判所青森地方裁判所十和田支部、債務者折茂商事、仮差押

ハ 昭和五六年一月一二日、決定裁判所青森地方裁判所十和田支部、債務者折茂商事、仮差押

ニ 昭和五六年一月二二日、決定裁判所青森地方裁判所十和田支部、債務者原告、仮処分

ホ 昭和五六年六月一一日、決定裁判所東京地方裁判所、債務者原告、仮差押

ヘ 昭和五六年七月九日、決定裁判所青森地方裁判所十和田支部、債務者折茂商事、仮差押

ト 昭和五六年八月一四日、決定裁判所青森地方裁判所十和田支部、債務者原告、仮処分

チ 昭和五七年二月六日、決定裁判所東京地方裁判所、債務者原告、仮処分

(被告富士火災)

3 折茂商事は、昭和五五年一二月二二日被告富士火災に対して、同社が同月二日に行つた、本件第一債権を譲渡した旨の通知が無効である旨通知した。したがつて、原告はこれを行使できない。

(被告富士火災)

4 東京地方裁判所八王子支部は、昭和五八年七月一五日、原告の債権者である田無市農業協同組合の申し立てに基づいて、本件第一債権のうち七九七六万三三五〇円に満つるまでの債権についてこれを差押え、同農協に転付する旨の決定を行つた。したがつて、原告は右債権のうち当該部分についてこれを行使することができない。

(被告富士火災)

5(一) 折茂商事と被告富士火災は、本件第一契約の締結に際して、重複保険契約が存在し、それぞれの保険契約について他の保険契約が無いものとして算出した支払責任額(以下「独立責任額」という。)の合計が損害額を越えるときには、独立責任額の割合に応じて損害を填補する旨の合意をした(約款九条)。

(二) ところで、折茂武蔵は、昭和五五年一〇月六日被告千代田火災との間で、本件第二契約を締結した。

(三) そして、本件木造建物についての保険によつて填補しうる客観点な価額(以下「保険価額」という。)及び損害額はいずれも四九七五万三〇五〇円であり、また、本件鉄骨建物についての保険価額は一億七五四九万三六九〇円、損害額は一億一九三三万九九五〇円であるから、被告富士火災の独立責任額は本件木造建物について四九七五万三〇五八円、本件鉄骨建物について一億一九三三万九九五〇円となる。他方、被告千代田火災の独立責任額は本件木造建物について二〇〇〇万円、本件鉄骨建物について六八〇〇万二四一六円となる。

(算式)

本件木造建物

本件鉄骨建物

したがつて、被告富士火災の支払責任額は、本件木造建物について三五四八万七五六六円、本件鉄骨建物について七六〇二万一三七二円となる。

(算式)

本件木造建物

本件鉄骨建物

(被告千代田火災)

6 本件火災が発生したのは、昭和五五年一二月一日であるから、昭和五七年一二月一日をもつて二年を経過した。よつて被告千代田火災は、本訴において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の約款の存在、同2及び4の仮差押又は仮処分の存在は認め、右各事実、同5及び同6の本件火災発生の日付を除くその余の事実は否認する。

なお、抗弁5(一)の約款の効力及び同項(三)については争う。すなわち、

(一)  抗弁5(一)の約款は、相次いで数個の保険契約を為した場合には、前の保険者がまず損害を填補し、もしその負担額が損害の全部を填補するに足りないときには、後の保険者がこれを負担するとしている商法六三三条の規定に違反している、

(二)  折茂武蔵と被告千代田火災との間の特約の効果が折茂商事を拘束しないことは明らかである。また、本件第一契約と第二契約は、保険契約者及び保険期間を異にしており、このようなものを重複保険ということはできない。したがつて、本件には、同約款九条は適用されない、

というべきである。

また、抗弁6についても争う。すなわち、他人の為にする保険契約においては、保険事故発生時ではなく、被保険者が保険金請求権の存在を知つたときから消滅時効は進行するというべきであるし、仮にそうでないとしても、他人の為にする保険契約においては、保険者は被保険者に対して保険契約の内容を告知する取り扱いが為されているところ、本件第二契約においては、そのような取り扱いが為されていないから、保険事故発生時ではなく、告知によつて保険契約の要件を具備したときから、消滅時効は進行するというべきだからである。

(右原告の主張に対する被告千代田火災の反論)

保険者が被保険者に対して保険契約の内容を告知するという契約上の義務はなく、原告の主張はその前提を欠いている。

五  再抗弁

(被告富士火災に対して)

1 折茂武蔵が締結した本件第二契約は、被保険者を折茂商事とした、他人の為にする保険契約であるところ、保険契約者折茂武蔵と被保険者折茂商事との間に委任契約は存在しないし、また、契約締結に際して、折茂武蔵はそのことを保険者に告知しなかつた。したがつて、この契約は商法六四八条に違反し、無効である。

(被告千代田火災に対して)

2 被告千代田火災は、昭和五六年八月二七日頃折茂商事の代理人でありかつ原告の代理人でもある小山三代治が行つた本件各建物を目的とする火災保険契約の有無についての照会及びその後右小山が折茂武蔵の代理人である浅石紘爾を通じて行つた同様の照会に対して、確たる回答をしなかつた。したがつて、時効完成後に為された被告千代田火災の時効援用は信義則に反するというべきである。

六  再抗弁に対する認否及び主張

(被告富士火災)

1 再抗弁1は争う。仮に、本件第二契約が商法六四八条所定の要件を欠いているとしても、同条は保険者を保護することをその趣旨とするところ、本件第二契約の保険者である、被告千代田火災は本件火災後においても、本件第二契約の効力は、これを争わず、かつ、被保険者折茂商事の債権者である商工組合中央金庫に対しては、一時、保険金の支払意思のあることを表明してもいたのであるから、同被告を保護するためにこれを無効とする必要は全くないというべきである。

(被告千代田火災)

2 再抗弁2の事実は否認し、主張は争う。

第三 証拠〈省略〉

理由

第一被告富士火災に対する請求について

一請求原因1、2及び4のうち出火の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因5について

(一)(1)  本件木造建物及び本件鉄骨建物が本件火災によつて受けた損害の額を確定するためには、まず、右各建物(保険対象となつていない基礎工事分を除く。)について、本件火災のあつた当時、右火災のあつた付近の価格水準のもとにおける再調達原価を求める必要がある。この点に関する鑑定人田坂勇の鑑定の結果は、その判断過程の合理性に鑑み、これを採用すべきものと考えられるところ、右鑑定結果は、本件木造建物の基礎工事分を含む再調達原価は六一五〇万一〇〇〇円であり、そのうち基礎工事分は二九六万八〇〇〇円であるものとしているので、これらの価額をそれぞれの再調達原価と認める。右によれば本件木造建物の再調達原価は五八五三万三〇〇〇円となる。

(算式) 61,501,000−2,968,000=58,533,000

また、右鑑定結果は、本件鉄骨建物の再調達原価を基礎工事分を含めて一億九二〇一万九〇〇〇円と、そのうち土工事費は一六六万円、コンクリート工事費は四九七万一〇〇〇円、鉄筋工事費一六四万五〇〇〇円とそれぞれ算定しており、右の土工事費及び鉄筋工事費は、基礎工事分に含まれるものとしてこれを控除すべきであるが、コンクリート工事費については、基礎工事分に含まれるものと、そうでないものとがあると考えられる。しかし、その割合は証拠上明らかではないから、その分につき損害の立証がないものとして、控え目に損害額を算出する見地からすれば、これをも全額基礎工事分として控除するほかはない。そうすると本件鉄筋建物の、基礎工事分を含まない再調達原価は、一億八三七四万三〇〇〇円となる。

(算式) 192,019,000−(1,660,000+4,971,000+1,645,000)=183,743,000

(2)  右各建物については、それぞれ建築後一定の年数が経過しており、そのことによる価値の減少を考慮する必要がある。この点については、〈証拠〉を総合すると、一般の保険価額評価の基準においては本件木造建物と類似する寄宿舎、事務所、共同住宅として用いられる木造建物であつて、一平方メートル当りの新築費が一一万四〇〇〇円以上一三万五〇〇〇円以下のものの推定耐用年数は四五年であり、経年減価率は、最終残存価格を考え併わせて年一・八パーセントとされているところ、本件木造建物は昭和四三年に新築され、昭和五〇年に本件鉄骨建物の増築工事が開始された際、改修工事が加えられたものであつて、有限会社中央損保鑑定事務所鑑定人鈴木道義は、以上の事実を考慮して、本件木造建物の経年減価率を一五パーセントとしており(前記乙第一号証)、この数値は、合理的なものとしてこれを採用すべきものと考えられる。そうすると本件木造建物の保険価格は、四九七五万三〇五〇円となる。

(算式) 58,533,000×(1−0.15)=49,753,050

次に前掲証拠によれば、一般の保険価額評価の基準においては、本件鉄骨建物と類似する住宅として用いられる鉄骨造建物の推定耐用年数は、五三年であり、経年減価率は、最終残存価格を考え併わせて年一・五パーセントであるとされているところ、本件鉄骨建物は、昭和五一年四月に建築されたものであつて、前記鈴木は、以上の事実を考慮して、本件鉄骨建物の経年減価率を五パーセントとしており(前記乙第一号証)、この数値は、合理的なものとしてこれを採用すべきものと考えられる。そうすると本件鉄骨建物の保険価額は、一億七四五五万五八五〇円となる。

(算式) 183,743,000×(1−0.05)=174,555,850

しかしながら、本件鉄骨建物の保険価額が一億七五四九万三六九〇円を下まわらないことについては当事者間に争いがない(右算定額との差額九三万七八四〇円は、前記コンクリート工事分のうち一部を基礎工事分として算入しなかつたことによるものと考えられる。)から、右保険価額は一億七五四九万三六九〇円であるというべきである。

(3)  本件木造建物内に存在していた什器備品の保険価額については、前記鈴木はこれを一〇五三万九〇〇〇円と評価しており、(前記乙第一号証)、右評価は、合理的な判断によるものとして、これを採用すべきものと考えられる。

(二)(1)  前掲証拠によれば、本件木造建物及びその中にあつた什器備品は、本件火災によつて全て失われたことが認められる。そうすると本件木造建物及び同建物内の什器備品の本件火災による損害額は、前記保険価額と同額となる。

(2)  次に前掲証拠によれば、本件鉄骨建物は、本件火災後半焼状態として残存することとなつたことが認められる。

鑑定人田坂勇の鑑定の結果は、これを火災前の状態に修復するために必要な費用として、一億二五六二万一〇〇〇円と算定しており(なお、右修復工事は、基礎部分を対象に含んでいない。)、右算定の結果は、その判断過程の合理性に鑑みこれを採用すべきものと考えられる。もつとも、右修復工事を行つた結果は、その部分がいわば新築と同様になるため、火災前と同一の状態にするための費用を算定するためには、前同様経年減価分を控除するのが相当である。前示のとおり右減価の率は五パーセントとするのが相当であるから、本件鉄骨建物の損害額は、一億一九三三万九九五〇円となる。

(算式) 125,621,000×(1−0.05)=119,339,950

以上のとおり認められ、乙第一号証の認定判断のうち右認定に反する部分は、これを採用しない。

三請求原因6は、被告富士火災において明らかに争わないのでこれを認めたものとみなされる。

四抗弁1について

被告富士火災は、本件火災が放火であるというが、それが何人によるものであるかさえ主張していないから、右主張はこの点において既に失当であるというほかないうえ、本件全証拠によるも、本件火災を放火によるものと認めることもできないといわざるをえない。

したがつて、抗弁1は採用できない。

五抗弁2について

債権に対し仮差押が執行されても、仮差押債務者は当該債権について、給付訴訟を提起、追行し、かつ、無条件の勝訴判決を得ることができることはいうまでもないところであり、この理は、仮処分が為された場合においても同様である。

したがつて、抗弁2の主張も、それ自体失当であつて採用することができない。

六抗弁3について

譲渡人が債権譲渡契約の無効を主張したことと譲渡契約が無効であることとは、異なることであるから、右のような無効の主張があつたことをもつて譲受人からの請求を拒絶する理由たりうるということはできないことはいうまでもなく、この点に関する被告富士火災の主張も採用することができない。

七抗弁4について

抗弁2及び4の主張事実によれば、転付命令が第三債務者である被告富士火災に送達された時までに、本件第一債権について、他の債権者が仮差押の執行をしたことになるから、当該転付命令はその効力を生じないことになる(民事執行法一五九条三項)。したがつて、この主張も採用できないこととなるというべきである。

八抗弁5について

1  抗弁5(一)の事実は原告において明らかに争わないからこれを認めたものとみなされる。

そこで約款九条の効力について検討するに、この約定は商法六三三条の規定に抵触する内容を定めているものではあるが、商法六三三条の規定の趣旨が実損額を超える保険金の支払いを防止することによつて、保険制度を利用した犯罪の発生を防ぐことにあることに鑑みれば、同条がそれ以外の方法によつて、実損額を超える保険金の支払を防止することまでを否定するものとは考えられず、また、本件の様な約定によつても実損額を超える保険金の支払いを防止することは可能であり、このような約定によつて保険金詐欺などの犯罪が誘発されるなどの弊害が生ずることも考えられないところである。したがつて、右の約定は有効であるものと解するのが相当であるから、この点に関する原告の主張は採用できない。そして、〈証拠〉によれば同(二)の事実を認めることができる。

2  なお、原告は、折茂武蔵と被告千代田火災との間の特約は折茂商事を拘束せず、また、本件第一契約と第二契約は保険契約者及び保険期間を異にしているから、重複保険ということはできず、約款九条は適用されない旨主張するが、本件において被告富士火災が主張している約定は原告と被告富士火災との間において締結された契約中に存在するものであるから、他人間の契約によつて拘束を受けるものではないし、また、同約款九条には原告の主張するような限定は存在しないこと及び商法六三三条及び同約款九条の趣旨からして、二つの保険契約の期間が一部重複すれば、保険契約者を異にしているものであつても、被保険者及び被保険利益が同一である限り、その重複期間についてはこれを同約款九条にいう「他の保険契約」であるものというべきであるから、この点に関する原告の主張はいずれも採用できない。

3  そこで、進んで再抗弁1について検討する。

たしかに〈証拠〉によれば、折茂武蔵と折茂商事の代表取締役但野せい子との間に対立があつたことが認められるものの、そのような事実のみをもつてしては到底本件第二契約が被保険者の同意を得ずに為されたものであることを推認することはできず、他に再抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張はこれを採用するに由ないものである。

4  そして、本件木造建物の保険価額及び損害額が四九七五万三〇五〇円であり、本件鉄骨建物の保険価額が一億七五四九万三六九〇円、損害額が一億一九三三万四九五〇円であることは前示のとおりであり、この事実及び右1の事実によれば被告富士火災の独立責任額は本件木造建物について四九七五万三〇五八円、本件鉄骨建物について一億一九三三万九九五〇円であり、また、被告千代田火災については、保険金額が保険価額より少ないために責任額が保険金額の保険価額に対する割合によつて定められることになる(商法六三六条)ため、本件木造建物について二〇〇〇万円、本件鉄骨建物について六八〇〇万二四一六円であると認められる。

(算式)

本件木造建物

本件鉄骨建物

右各独立責任額に前記約款九条を適用すれば、被告富士火災の支払責任額は、本件木造建物について三五四八万七五六六円、本件鉄骨建物について七六〇二万一三七二円であると認められる。

(算式)

本件木造建物

本件鉄骨建物

九そうすると、原告の被告富士火災に対する請求は、本件木造建物についての支払責任額及び同建物内の什器備品の損害額との合計額と本件鉄骨建物についての支払責任額との総合計額(右合計額及び本件鉄骨建物についての支払責任額は、前記本件第一契約の保険金額の範囲内である。)、一億二二〇四万七九三八円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないものというべきである。

第二被告千代田火災に対する請求

一請求原因1、3及び4の事実は当事者間に争いがなく、同5に対する判断は理由第一の二記載のとおりである。また、弁論の全趣旨によれば請求原因7の事実を認めることができる。

二そこで、抗弁6について判断するに、本件火災が発生したのが昭和五五年一二月一日であることは当事者間に争いがないから本件第二債権については同日から二年を経過した昭和五七年一二月一日の経過をもつて消滅時効が完成したというべきである。

この点について原告は、他人の為にする保険契約においては、保険事故発生時ではなく、被保険者が保険金請求権の存在を知つたときから消滅時効は進行するというべきであるし、仮にそうでないとしても、他人の為にする保険契約においては保険者は被保険者に対して保険契約の内容を告知する取り扱いが為されているところ、本件第二契約においては、そのような取り扱いが為されていないから、保険事故発生時ではなく、告知によつて保険契約の要件を具備したときから、消滅時効は進行するというべき旨主張するが、他人の為にする保険契約についてのみ消滅時効の起算点を保険契約の存在を知つた時と解すべき合理的理由はなく、また、他人の為にする保険契約において、保険者が被保険者に対してその内容を告知すべき義務があるものとは、到底認めることができず、したがつて、本件第二契約についてのみその消滅時効の起算点を告知時と解すべき理由もないというべきであつて、この点に関する原告の主張は、いずれも採用できないというべきである。

三そして、被告千代田火災が昭和五九年六月一二日の本件第二回口頭弁論期日に右時効を援用したことは、記録上明らかである。再抗弁2は、仮にその主張のような事実があつたからといつて、時効の援用が信義則に反するとはいえないし、本件訴訟の経緯に鑑みると、原告代理人小山三代治が昭和五六年当時既に、被告千代田火災との間の火災保険契約の存在の可能性を認識していたものとは認められず、右再抗弁事実にそう〈証拠〉はにわかに採用しがたいというべきであるし、他に再抗弁2の事実を認めるに足りる証拠はないから右主張はこれを採用できないというべきである。

四したがつて、原告の被告千代田火災に対する請求は時効完成後のものとして理由がないことに帰する。

第三以上によれば、原告の被告富士火災に対する請求は一億二二〇四万七九三八円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告千代田火災に対する請求は全て理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行宣言について同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官米里秀也 裁判官松井英隆)

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